【Jazz】ジャズ史に残る7人のベーシストたち

ジャズ

こんにちは、ベア三郎です。

ベースは豊かな低音域を使って、ドラムと一体となってグルーヴ感と生み出す、まさにサウンドの根幹といえる楽器です。

トランペットやサックスといったフロント楽器ではありませんが、ジャズの名演の影には必ずといっていいほど、腕利きベーシストの存在があります。

ベースに注目すれば、ジャズがもっと好きになること請け合いです。ジャズ史に残る、著名なベーシストたちをチェックしましょう。

ベア三郎
ベア三郎

ベースはジャズバンドにおける要(かなめ)♪

1. ポール・チェンバース


ポール・チェンバース(1935年 – 1965年)は、アメリカ・ピッツバーグ出身のジャズ・ベーシストです。ニューヨークのジョージ・ウォーリントン楽団を経て、マイルス・デイヴィスの第一期クインテットメンバーになります。その他、ジョン・コルトレーンやソニー・ロリンズといったジャズ・ジャイアンツとも数々の名演を残しました。

ポール・チェンバースの特徴は、なんといっても管楽器で培ったメロディアスなベースラインを駆使したアドリブソロです。そんな彼の特徴が惜しげもなく表現されている代表作「ベース・オン・トップ」はジャズ史に残る名盤として語り継がれています。

「ベース・オン・トップ」

1957年に録音されたポール・チェンバースのリーダー作品。温かみのある重厚なベースライン。ジャズ定番のピチカート(指弾き)だけじゃなくて、アルコ(弓弾き)もしっとり聴かせてくれる名盤。ウッドベースって、コントラバスなんだなぁとしみじみ実感する作品です。


2. チャールス・ミンガス


チャールス・ミンガス(1922年 – 1979年)は、アメリカ・アリゾナ州出身のジャズ・ベーシストです。幼い頃から管楽器やチェロ、ウッドベースなど幅広く経験し、ジャズ・ピアノの大御所「デューク・エリントン」の影響でピアノと音楽理論も学び、自身でソロ作品を出すほどの腕前でした。

彼が21歳のとき、ルイ・アームストロングのグループでプロとしてのキャリアをスタートさせます。数年キャリアを積んだ後、拠点をニューヨークに移し、自らのレーベル「デビュー・レコード」を立ち上げます。その時、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、バド・パウエルといったビバップを創り上げたそうたる顔ぶれが共演した「ジャズ・アット・マッセイ・ホール」がきっかけで、ミンガスの名は一気にジャズシーンに広まりました。

「ミンガス・アー・アム」

1959年にリリースしたミンガス屈指のリーダ作品。人種差別主義者を避難した「フォーバス知事の寓話」や、サックス奏者レスター・ヤングに捧げた「グッドバイ・ポーク・パイ・ハット」(後にジェフ・ベックやジョニ・ミッチェルなどがカヴァー)など、計9曲のジャズ・オリジナルが録音されました。

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ソニーミュージックエンタテインメント

「ジャズ・アット・マッセイ・ホール」のミンガスの演奏は音量が小さかったため、オーバーダビングしたというエピソードが残っています。

「ミンガス・アー・アム」と並ぶミンガス不朽の名作「直立猿人」。前衛的なアプローチで、作曲家として広く認知されるきっかけとなった作品です。

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ワーナーミュージックジャパン

3. レイ・ブラウン

※ミルト・ジャクソン(右)とレイ・ブラウン
レイ・ブラウン(1926年 – 2002年)は、アメリカ・ペンシルバニア州出身のジャズ・ベーシストです。20歳の頃、ニューヨークに移り、ディジー・ガレスピーのグループに参加します。1947年にジャズ・ボーカリストのエラ・フィッツジェラルドと結婚してエラの義理の姉妹の子を養子に迎えますが、結婚生活は5年間に終わりました(エラは再婚でした)。

彼の正確無比な演奏が評判を呼び、オスカー・ピーターソンやソニー・ロリンズ、デューク・エリントンといった有名ジャズ・ミュージシャンと数多く共演しました。また、リーダー作品も数多く残っていますが、「サムシング・フォー・レスター」が特に有名です。その重厚かつ、テクニカルなベースプレイは、モダン・ジャズ以降のベーシスト達に多大なる影響を与えました。

「サムシング・フォー・レスター」

ピアノにシダー・ウォルトン、ドラムにエルビン・ジョーンズを迎えたリーダー作品。

4. ゲイリー・ピーコック


ゲイリー・ピーコック(1935年 -)は、アメリカ・アイダホ州出身のジャズ・ベーシストです。13歳からピアノをはじめ、19歳から2年間の兵役でベースと出会い、ベースシストに転向しています。60年代のフリー・ジャズ・ムーヴメントを牽引し、ポール・ブレイ、ドン・チェリー、アルバート・アイラー、サニー・マレイなどとの共演しています。
ゲイリー・ピーコックで特に有名なのが、1977年リリースの「テイルズ・アナザー」で共演した、キース・ジャレット、ジャック・ディジョネットと結成した「スタンダーズ・トリオ」での活躍です。

「Standers Vol.1」

「Standers Vol.2」



5. スコット・ラファロ

スコット・ラファロ(1936年 – 1961年)は、アメリカ・ニュージャージー州出身のジャズ・ベーシストです。シチリア系の音楽一家に生まれ、小学校でピアノを始め、中学校ではクラリネット、高校ではテナーサックスに熱中しました。その後、大学の音楽科に進学し、弦楽器の課題のため、ベースを始めます。このとき以来、ベースが気に入ったのか、その後ベース一本でプロの道を歩むことになります。
スコット・ラファロといえば、やはりジャズ・ピアニスト「ビル・エヴァンス」とドラマーの「ポール・モチアン」と結成した「ビル・エヴァンス・トリオ」での活躍です。

「ジャズ&ボッサ」

「ワルツ・フォー・デビィ」


6. ロン・カーター


ロン・カーター(1937年 -)は、アメリカ・ミシガン州出身のジャズ・ベーシストです。マンハッタン音楽学校の修士を経て、クラシックのコントラバス奏者を目指しますが、人種差別が激しい時代で、黒人ということでオーケストラに入ることができませんでした。その結果、ジャズを志すようになります。クラシック出身でしたが、モダンで奔放なジャズスタイルが売りで、マイルス・デイヴィスやハービー・ハンコックのグループで活躍し、モダン・ジャズの屋台骨を支えました。いまでも現代ベースを代表するベーシストの一人です。

「ジャズ&ボッサ」

2008年のボサノヴァ生誕50周年を記念して録音されました。太いベースラインが優しいボサノヴァのサウンドを包み込むようです。

7. ジャコ・パトリアス


ジャコ・パトリアス(1951年 – 1987年)は、アメリカ・ペンシルバニア州出身のジャズ・フュージョン・ベーシストです。音楽一家にに生まれ、父の影響でドラムを始めるも、左手手首の骨折をきっかけに断念。その後、ベーシストとして非凡な才能を開花させることになります。23歳の頃にはマイアミででプロとして活動を始めています。マイアミ大学で講師を務める傍ら、同大学で講師だったパット・メセニーと知り合い、アルバム「ブライト・サイズ・ライフ」でジャズシーンにその名を広めました。

ジャコ・パトリアスといえば、ウェザー・リポートでの活躍は見逃せません。ウェザー・リポートは、サックス奏者のウェイン・ショーターとジョー・ザヴィヌルが中心となって結成したジャズ・フュージョン・グループです。ウェザー・リポートでは、作曲も担当し、同グループ最大のヒットとなったアルバム「ヘヴィ・ウェザー」では2曲のオリジナル曲を提供しています。
同時期、ジャコはウェザー・リポート以外でも、ジョン・マクラフリンの「トリオ・オブ・ドーム」での活動や、ジョニ・ミッチェルのアルバムをプロデュースするなどミュージシャンとして成功を掴みます。

しかし、その後ジョー・ザヴィヌルとの確執が深まり、ウェザー・リポートを脱退。その頃からアルコールとドラッグに頼るようになり、晩年は精神疾患で音楽シーンの第一線から退くことになります。ナイトクラブでの乱闘騒ぎで頭蓋骨を骨折。植物人間になってしまい、1987年にこの世を去ってしまいます。

「ヘヴィー・ウェザー」

ジャコがウェザー・リポートに加わり、まさに最強のエレクトロニック・ジャズ・グループに昇華した最高傑作との呼び声高い作品。

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ソニーミュージックエンタテインメント

まとめ・感想

やっぱりベースがうまいセッションだと、聴く楽しさが何倍にもなります。サックスやトランペット、ピアノといった花形楽器の裏で、ひっそりと屋台骨を支えるベース。サウンドの要とはよくいったもので、いつの時代も、名ベーシストの活躍なしには名演もなかったのではと思います。

コメント

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